『春の雨』(卞 栄魯)
低くかすかに呼ばふ聲あり
出てみたら 出てみたら
づしりと睡り載せた乳色の雲が
もの憂げに 且つは氣忙に
蒼空を往き交ふばかり──
喪はれたるなき このさびしさ。
低くかすかに呼ばふ聲あり
出てみたら 出てみたら
遥かな日の想ひ出のやうな
目には見えね 立ちこめた花の香の
ゆらぎをのゝく息吹ばかり──
刺されざるに痛む この胸。
低くかすかに呼ばふ聲あり
出てみたら 出てみたら
いまはもう 乳色の雲も花の香もあとなく
鳩の脚染める銀糸の春の雨が
音もせで愁ひのやうに降りそぼるばかり──
來ぬ人待つ あてどないこの念ひ。