『春の雨』(卞 栄魯)

低くかすかに呼ばふ聲あり
出てみたら 出てみたら
づしりと睡り載せた乳色の雲が
もの憂げに 且つは氣忙に
蒼空を往き交ふばかり──
喪はれたるなき このさびしさ。

低くかすかに呼ばふ聲あり
出てみたら 出てみたら
遥かな日の想ひ出のやうな
目には見えね 立ちこめた花の香の
ゆらぎをのゝく息吹ばかり──
刺されざるに痛む この胸。

低くかすかに呼ばふ聲あり
出てみたら 出てみたら
いまはもう 乳色の雲も花の香もあとなく
鳩の脚染める銀糸の春の雨が
音もせで愁ひのやうに降りそぼるばかり──
來ぬ人待つ あてどないこの念ひ。

『南に窓を』(金 尚鎔)

南に窓を切りませう
畑が少し
鍬で掘り
手鍬で草を取りませう

雲の誘いには乗りますまい
鳥の声は聞き法楽です
唐もろこしが売れたら
食べにお出でなさい。

なぜ生きるてるかって、
さぁね……。

『ついぞ昔は』(金 素月)

春秋ならず夜毎の月を
ついぞ昔は知らなんだ。

こうもせつないため息を
ついぞ昔は知らなんだ。

月はあおいで見るものと
ついぞ昔は知らなんだ。

いまに悲しいあの月を
ついぞ昔は知らなんだ。

『花の訓え』(金 億)

春かぜに
花ひらく、
かの人の来るらし。

春かぜに
花ぞ散る、
かの人の去りゆくらし。